以下は「松岡正剛の千夜千冊」から抜粋したものです。
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土門の写真は「とことん撮る」という本質に裏打ちされていた。写真においてとことん撮るとは
もうこれ以上は撮れないというところまで撮るということだ。
とことん撮れば、当初のモチーフの条件や状態が変わってしまうこともある。
光も変わってくる(土門はライティングは嫌いなので、たいてい自然光で撮っていた)。
それでもかまわない。ともかく撮る。土門は「撮っても意味がなくなるまで撮る」と書いている。
それにしてもわれわれは、何事も「とことん」をしていない。「とことん」していないから
決定的なヒントに出会えない。そこで自分がしていることにいつも自信がなくなり、それが
写真であるなら、自分の写真がいつもぐらぐら、へなへなしてしまう。
すべてのヒントに見放された一人よがりの写真になっていく。
ところで土門は、こうしてとことん撮っていると、そのうちハッとする時があってそれが
決め手の写真なのだということが瞬時に見えるようになるとも言っている。
第九百一夜【0901】03年12月02日より
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氏の代表作の1つ「傘を回す子」のような光景が見あたらなかったので
浜辺でたまたま見つけた「服を回す子」ってのじゃダメですか?(●´ω`●)ゞ
追記
ふざけてやってんのかぁ?ヾ(。`Д´。)ノ彡
って怒られないうちに弁解しときますが、心底憧れてるんですよ(つω`*)
- 2008/05/10(土) 00:05:11|
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