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東北地方太平洋沖地震

2011年03月18日 11:34

3月11日の午後、チャット中に横浜の方が「やばい!地震だ。かなりでかい」と発言。
その後、「防災無線つけたら、あちこちで被害出てるみたい。しゃれにならん、落ちます」で
落ちてしまった。

さらに金沢の方も「揺れてる揺れてる」、「携帯通じない、落ちます」で落ちてしまった。
それからは矢継ぎ早に出される地震速報や津波警報をただただ見守りながら仕事をしてました。

午後4時半前、津波警報が出されたので海沿いの方は自宅へ帰って下さいとのアナウンスがあり
ちょっと早めの帰宅となりました。

国道56号線はいつもとはちょっと違った雰囲気がありましたが、それでも自宅まであと5kmと
いうところで「津波警報のため通行止め」だと言われる。

ごり押しして通ってる人もいるようだが、そういうのは好きじゃないので(笑)迂回する。
迂回路は国道439→県道337の蕨岡・馬荷線。ここは桜の時期には綺麗なところです。

馬荷から県道336へ合流し、大井川から加持へと抜け、見事自宅へ。(ノ´∀`*)

帰り着く少し前には、通行止めも解除となっていた件など苦笑いしつつ夕食を終え、昼間あった
避難話など聞きながらTVを見てると・・・

「高知県沿岸に津波警報!消防団員は今すぐ集合」

と、やたら緊張感のある放送が。。。(;´Д`)

寝てるであろう実家の母を、懐中電灯片手に迎えに行き、とりあえずウチへ待避させました。
さて、高台にある叔母のところへ避難するかどうかを検討していたら。。。

「大津波警報!今すぐ高台へ避難してください!」

と再び放送が。

てなわけで、子供達を起こし、車2台で叔母の家へ、アポ無し夜間訪問(笑)
したらすでに従姉妹一家が布団の中でTVみてたし・・・素早い行動力には脱帽。。。(。-ܫ-)ムヒ♫

そのまま朝までお邪魔し、ついでに朝飯までご馳走になって自宅へ帰りましたが、幸いなことに
全く変わりのない風景にホッとしました。
まだ大津波警報は継続して出されていたのですが、当日は仕事で高知市内へ行かねばならず。。。

我が町内の通行止め(国道56号線)なら出ることは出来ますが、須崎での通行止めが何とも辛い・・・
入るのが無理なんだよねぇ。
そこで多少時間はかかるものの、山側を行くコトにしました。
旧窪川町から大野見を経由し、天狗高原の下の道「国道439号線」を国道33号線へ抜けてそのまま
高知市内へ入りました。

仕事を終えて、帰り道。
来た道をそのまま引き返すのは面白くない。。。ということで、中越家の桜を下見がてら普通林道・大引割線
を帰ろうかなーと思いつき、一路西へ (*゚∀゚)=3

ちょうど佐川市内へ入った時、ラジオから聞き捨てならない一言。。。

「通行止めは解除されました」

ヾ(+^▽^)ノ海側、通れるぅー♪
さすがに往路で約4時間もかかってましたから疲れてたのでしょうねぇ・・・眠くて眠くて(笑)

避難所で一夜を明かした方々は「寒くて眠れなかった」とか「あまりに寒いので別の避難所へ行った」
など大変だった様子。。。
一方、たった1晩。しかも、床下暖房+エアコンが効いてたお陰で、寒い夜だったのにも関わらず
熟睡していたのに、なんとも眠い。

体育館や公民館など、被災地の避難所生活は想像を絶するモノがあるはずです。
不自由な避難所生活から、1秒でも早く脱するコトが出来るよう願っております。


*補記
高知県内では津波による被害が出たものの、けが人は我が町での1名のみでした。
夜間の避難劇だったため、きっと足下が見えなかったのでしょうねぇ。

*追記(3/23)
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高知県津波避難わずか5.9%
2011年03月23日09時32分

東北の太平洋岸を巨大津波が襲った東日本大震災。
本県でも沿岸の全19市町村が計18万人以上に避難指示や勧告を出したが、実際に逃げた人は
5・9%の延べ1万人余りだったことが22日、分かった。
市町村の防災担当者を集めた同日の津波避難緊急対策会議で、県が確定値を報告した。
南海地震でも甚大な津波被害が想定されており、県民に「逃げる」意識をどう徹底するかが
あらためて浮き彫りになった。
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高知新聞朝刊をみてビックリ・・・
各家庭、諸事情あるのでしょうけど、驚いたなーとしか言えないですねぇ (;´Д`)



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